葛嶺進龍山証厳坊
岩湧寺〜転法輪寺

岩 湧 寺   同国郡 加賀田谷 宗門天台 若王寺末 領主膳所候

本堂十一面・神変大士・二十塔・経塚。 妙 従地涌出品第十五之地
おもひきや岩湧寺の名におひて経つかさへもふたつありとな

流谷金剛童子  同国郡 ながれ谷村

岩わき寺より山の半腹をゆくみちに古記にあるごとく所々川中に不動尊とて、大の石にしめなど引はへて祭れり、みな役行者の御勧請のよしにて、これをこの里に、十六泉とて、深く尊崇し奉るなり、また経塚は此童子ならんかといへり。
妙 如来寿量品第十六之地

名にしおふ二八の水のなかれ谷法の煙りのたえすにほへる

天 見 不 動   同国郡 上天見村の不動の段なるへし

なかれ谷の村より山づたひにいたる、一にぼだにの池といふ、古記にしたがふところ、不動の石像あり。
妙 分別功徳品第十七之地
もゆる火のほたにの池にすめるみは華にそ光る蓮葉のつゆ

岩瀬の経塚山 同国郡 上岩瀬村

不動の段より山つづき、しかし通路なし遥拝。
妙 随喜功徳品第十八之地
武士の岩瀬の玉や光るらん経塚山を守るいさをに

境 原 小 峰 寺 古義真言 紀州伊都郡

本堂不空羂索・神変大士・不動尊は護摩堂にあり、役行者御母公の墓とて十三重切立塔あり此あたりはふくらん樹の枝にところどころに、檜木葉おひ出たり、また榊つゞしの類もありて、尋常のやどり木とは、其わけたがへり、由来は開祖神変大士、此所にて柴手水をなして投し給ひしかば、木の枝にかゝりしより、かくなれりといひつたへし、但しさかひ原よりほりこし峠といへるをこして山内にいたるみち甚しき難路なるへし。 

山 内 東 覚 寺   同国郡 宗門同断

本堂薬師・神変大士・不動尊・弘法大師等 大龍王社・金剛童子

神福山大沢寺   和州宇知郡 鬼多山谷にあり、五条御代官支配所 古義真言

本堂薬師・神変大士・弘法大師・不動尊・弥陀等、此寺通称に、せの堂の目の薬師といふ、山の背のつまりにあるかゆえなりとそ、また本堂のわきに神明宮、春日社、金剛童子等、此山の

頂上を神福山といふ、茂みの森あり鷲の窟あり、常光童子立せ給ふといへり、接するに常行童子の書誤りならんか、また嶺の林を経塚なりといふ。
妙 法師功徳品第十九之地
大沢の山は高野の行ひに法の林をしをりとそきく

石 寺   和州葛上郡金剛山惣坊の内 五条御代官支配所

本堂薬師と日光月光仏 又弥勒・文殊・普賢、開山堂御作の神変大士御壮年の像もあり小野篁作、三十八所明神、経塚石
妙 常不軽菩薩品第二十之地
石寺にみとりの色のまき葉たつ華のさかりをみるよしもかな

金剛山転法輪寺   同国郡 真言 一乗院宮御末寺又名神祇宝山最上乗院

本堂不動尊、左脇に法起、右脇に蔵王、其余倶利伽羅、矜伽羅、制多迦、善財童子等すへて七尊 本堂の前に深蛇大王 開山堂に神変大士、東に三十八社、西北に大国堂、南に求聞持堂、

大宿坊の北に朝日のたけあり。今は大日か嶽といふ、大宿坊は大和国にあり、其余の僧 舎皆以て河州石川郡の地にあり。
○常行童子本地常滅、南方仏、河和国界朝日か嶽に鎮座し給ふ。
此尊号は、不退転修行の人を能護持し給ふの義又所名は和光利物の照影は、朝日の昇るかことならんと示し給ふの意。
○夜もすから常行し給ふかねの音に朝日かたけはいつもあけほの金剛山より、石寺にいたらんとなすみち、左りに入る、湧出のたけ経塚有。
妙 如来神力品第二十一之地
出給ふ仏ともなく神となく経とくきけは山彦の声

朝 原 寺   金剛山の坊中也

修理なく堂内雨を浸して神変尊自画の御影も所在不知本堂薬師葛木社

水 越 経 塚   和州葛上郡関屋村の水越たわの地蔵是也

妙 嘱累品第二十二之地
国分の関屋をあけて川守は法に随ふみつこしのさと