葛嶺進龍山証厳坊
妙経二十八塚

葛 嶺 雑 記

序 万の物。これとかれとむかへぬるは。世の性なりけり。かつらき大峯の山も。これかれさしむかへて。行者神変大菩薩の。御修行ありし。霊山ということは。いにしへの書ともにあきらけく世に仰くところになむありける。今はむかし。舒明天皇の。御代とかや。行者降誕ましましけるころは。さはへなす。まかっひのかみのわさはひ。こちたく。ものゝけ。へむくえあしきものなやましう。いへことにうちまき。つるうちし。のゝしる。われにもあらて。身うするもの。手を折てかそへつくさむかたなし。いとあさましかりし。ありさまなりけるを。行者ふかくあはれみたまひて。人とはぬ葛城山に。みこゝろをすまし。ときやうのこえたゆるまなく。鈴の音は。嶺々にとよみ。四のおこないなりて。降魔の密法。せめたてせめたてましましけれは。三世の仏も。八百万の神々も。耳ふりたてぬはあらさりけりと。きこへえたり。さあれば。世のまかというまかことは。いそきかくれて。やすらけく。宮もわら屋もえみさかえ。こゝろよけなりけるとそ。つたへきく侍りぬ。ときにをさをさしき。大とこたちも。みいとくをしたひたまひて。利物頓証の密秘を。伝へさせたまひけるほとに。千とせふる今もはほ。みのりたふとく。あふき信するともからもまた多かりける。さはあれと。いくそやくの年月かさなりて。むかし見しれる人しなけれは。かゝるいみしき霊場も。八千代ふりゆく後の世に。たとたとしうなりもやせむと。智航道人心をつくし。旧記にかうかへこゝろある里人にことゝひ。埋木の。うもれたるをもさかし出つゝ。かくつはらかにものして。犬鳴山にをさめおかれしを。浪花のまめ人。豊川ぬし。見はやして。こはかつらき山の。よき栞なりと。桜木にえらせ。人わたす、行者のみいとく。みさかりにかゝやかは。まかといふまかことはいよいよとちまりて。信するものゝさちのみならす。天か下の。さちならましやは。さあれは大峯にもうのほる。みちゆきふりに。かつらき山にもうてゝ。春秋二季の。御修行所ををろかまは。これもかれもたりとゝのひ。業障こゝに汗ときえて。罪といふつみとかというとかはあらさらぬなと。いひこしらへ。おのれに。そのゆえよしを。記してよとせちにこはれける。えものかゝぬ身のおよふへきわさにしあらねと。むけにきかさらぬは。思ひくまなく。にくゝさへあるものなれは。いなみ野の。いなみもはてす。とゝのはぬかたことなから。かいつくるになむ。
嘉永三年といふとしの夏  三 浦 茂 樹